スタッフ紹介

あと一か月で今年も終わりに近づいてきました。
今年も職員さんや利用者様にご協力をいただき、とてもいいホームページの作成することができ、本当にありがとうございました。 ホームページの作成をするたびにもう一か月も過ぎたのかと月日が立つのがとても早く感じるこの頃です。

今月は利用者様宅訪問時にもう一か月ちょっとで今年も終わりますが、今年はどんな年でしたか?とお聞きすると【良くも悪くもなく平凡な日常だった】 と話をしてくださる方が多く、平凡といえる事がある意味幸せなのかもしれませんねと笑顔になりました。又【今年は入院しなかった】と元気に答えてくれる方もいました。
そんな対話を重ねるたびに、人と人とのふれあいの大切さを感じました。
いい服や物を持ったり、お金があったり、それだけが幸せではなく、一緒に語らえる人がいたり、大切に思える人がいたり、心が温まる人たちに囲まれる人生も又幸せだなと思える人生かもしれないですね。

話はがらっとかわりますが、11月に障害部門のサービスの方に寝屋川市から実施指導が入りました。準備などスタッフの方々にご協力頂き本当にありがとうございました。
無事終了し、さらに今後飛躍していけるように頑張っていきます。

今回は漁師猛様72歳の方にインタビューをさせて頂きました。

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定年後もシルバー人材センターで4年間もお勤めされ、健康そのものだったそうです。 それが昨年転倒して骨折、退院後更に転倒し、あっという間にベット状の生活になりました。奥様も股関節を痛めており、杖や歩行器などを使いなんとか動けている状態でした。

その中で地域の中にある居宅支援事業所すずらんさんに相談し、夫婦共に介護申請をしてもらいました。それまでは妻が一人で、大変な体の中おむつ交換や食事介助、動けない自分のお世話を懸命にしてくれていて、見ていても倒れそうな状態だったのですが、介護サービスを使い、手すりをつけてもらったり、ベットなどのレンタルをしてもらう中で少しずつ元気になりました。中でも元気になったきっかけは、ヘルパーさんに入浴をしてもらうようになったからです。入浴支援をしながら、いつもきめ細やかに声を掛けてくださり、家族しか話さない生活だったのが、ヘルパーさんとも会話をする中で、気持ちがどんどん前向きに元気になり、人との関わりの大切さを改めて感じました。

その中で病院でのリハビリが終了し、介護保険を使っての自宅でのリハビリが開始しました。自宅の階段などを使い筋力を向上してもらい、室内でも少しずつ自信をもって歩けるようになった中、今まで車でしか移動していなかったのですが、歩行器を使い、リハビリの先生と外も歩く練習もできるようになりました。ねたっきりだった生活を思うと今の自分がうそみたいですが、今はリハビリの先生とともに歩行器を使い、近くのスーパーや公園に行きたいという、目標ももてるようになりました。

~インタビューを終えて~

奥様も体が大変な中、毎日懸命に頑張られていました。介護サービスを利用し、一つ一つ問題点が解決していく中で、ありがとう、ありがとうと常に感謝の言葉をゆってくださり、とても素晴らしいご夫婦だなと感じました。本当に劇的な回復でしたが、介護サービスだけではきっとここまで回復しなかったなと感じます、介護サービスだけに頼らず、どこまでもご夫婦二人が目標をもって頑張られてきた姿があったからこそだと思います。又新しい目標を掲げ頑張られている、漁師さんご夫婦をこれからも応援していきたいと思います。

今回は藤村 昌治様、75才の方に様々なお話をお聞きしました。

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昨年まで、元気に過ごしていたが、今年の7月に発熱。様々検査をするが、はっきりした病名はわからず、最終悪性リンパ腫と診断される。
お酒、たばこも吸わない、健康には非常に気をつけていた。なぜ自分が病気になったのか、人生何が起きるかわからないと思った。

医師からは、『医療機関おまかせ』ではダメです。患者本人が治ろうと、治そうとする意欲が大切であるという話があった。
多くの患者を見てきて、言えることは、治そうとする意欲のある人とそうでない人とは確かに違います。とのこと。
そこで自分に何ができるかを考える

①体を動かす。②頭を使う。(日誌をつける。その中には体重や検温などを記入)  ③食事をしっかりとる。④薬をきっちり飲む。

そう思えたのは、自分の人生の中で、本との出会いがある。20歳から本を読み始める。 たくさんの知識を本からえる中で、何事にも前向きに考えることができる、自分になる。
妻は僕が突然病気になったことに、驚きを隠せなかった。意識もなくもうこのままダメなのかと思ったとのこと。

今は介護認定を受け、手すりや住宅改修をし、室内では転倒することもなく、安心して生活ができており、これからもできることを頑張っていきたい。

~インタビューを終えて~

今後の夢はありますか?とお尋ねすると、妻と一緒に旅行に行くこと。
僕は今までたくさんの地域に行ったことがあるので、そこに妻を連れて行ってあげたいと。とっても最後は暖かなムードになるお話でした。

視覚障害のガイドヘルパーをしていますIです。

友人に教えてもらいこのお仕事を知りました。ボランティアではなくお仕事のことですぐに資格を取り、すずらんに登録しました。
お恥ずかしいことですが、これまで生きてきて視覚障害を持った方々のことは目に入らず生活していたと思います。
ガイドヘルパーのお仕事は楽しく、いろいろな方々からたくさんの刺激を受け、やりがいを感じています。
スポーツをされる方、囲碁に夢中の方、コンサートに行かれる方、カラオケ好きの方等々、利用者さんはインドアの私よりずっと活動的です。

落ち込んでいてもお仕事に行き利用者さんとお話しすると元気になっている自分がいます。
「ラジオでこんな事言ってたよ」「○○でイベントがあるらしいよ」と興味深い情報も教えてくださいます。
いろいろな経験をさせていただき、日々勉強です。
すずらんは丸山理事長をはじめ、スタッフさん、ヘルパーさん、みんなアットホームで本当に温かい事業所です。スタッフさんはいつも私たちヘルパーを気遣ってくれ、悩みなどにも聞いていただいています。そして何よりも利用者さんのことを考え事務的でない思いやりのある対応をされているのを見ると頭が下がります。
これからも新しい出会いを楽しみに頑張っていきます。

中村キヨ様80代女性を介護されている、娘さんにインタビューをさせて、頂きました。

寝屋川市内で令和2年まではお元気で、お一人で暮らされていましたが、その後 脊柱管狭窄症になり、腰の痛みとも戦いながら、その翌年には担癌が発覚。抗がん剤の治療の為、何度も入退院をくり返しながら、頑張っておられ、近隣に住む娘さんが支援をされていました。

抗がん剤も熱が出たりなどで、入院が長引いたりもする中で、ADLも下がり、一人暮らしでの継続が困難になられました。

その中でご主人がお母様の為にも同居しようとゆってくださったそうで、今年度から同居生活が始まりました。娘さんの思いとしては、今まで介護の世界をほとんど知らなかった状況の中で、バルーンと胆管のドレーンをしている為、医療面でもかなり支援が必要で在宅での生活はリスクが高い状況の中、娘さんの様々な不安を一つ一つ消してくださるように、土日以外はリハビリも含めて、医療で看護師さんが毎日入って下さり、介護の仕方なども親切に教えてくださり、不安なく介護できたそうです。

往診の先生も入ってくださる中、寝たっきりの様な、ベット状での生活から、少しずつ起き上がれるようにまで回復されました。

しかし問題点として、室内外においてかなり、段差がある事。又てすりは全くないという住宅環境の中、どう生活をしていったらいいか?悩む中、専門の方と協議を何度も重ねて、介助をしながらでも、手すりを持ちながら移動できる環境作りを実現することができました。

ととても喜ばれていました。

どんどん元気になり、今ではデイサービスにも参加をされています。娘さんは

『母と一緒に暮らしていくという私の夢も継続していけそうです。

そこには、介護を理解してくれている家族、又本当は入院したくない、デイにも行かず、ゆっくりしたい、という思いがあっても、元気になってもらいたいという娘の思いに答えてくれる母。その中で今の生活が維持できていることに幸せを感じています。これからも家族仲良く頑張ります。』と笑顔で答えてくださいました。

インタビューを終えて

私自身退院後からかかわらせて頂き、病院と在宅で往診、介護と医療サービスの併用、福祉用具で住宅環境を整える事で、ここまで回復されたことに驚きを隠せません。専門職の多職種のかかわりの必要性を改めて感じました。またいつお会いしても笑顔の娘さん。心にゆとりを持ちながら、常に前向きな考えでお母様を支えられ、その思いが通じているように、お母様もいつも笑顔を絶やさず、とてもいい親子関係でいつも安らぎを頂いています。

 

 

 

サービス提供責任者をさせて頂いております。奥島です。

平成15年、福祉が大きく変わり、変動のあった年に、障害福祉課の登録から事業所へ登録の移行となり、たくさんの事業所が寝屋川に開設され、すずらんもそのひとつでした。

丸山理事長の事業所ならと友人とともに、ガイドヘルパーの仕事をさせてもらうことになり、いつの間にか20年が過ぎました。

利用者様には、当事者でないとわからない大変なこと、どの様な支えが必要かを教わりながら、支援することの難しさを感じています。

時の流れは止めることができない、我が身も些か体力の衰えを感じるときはありますが、利用者様にとって、すずらんで支援を受けてよかったと思って頂けるよう、誠実で頼もしい、ヘルパーの皆さんとともに頑張っていこうと思っております。

今回は、今年89歳になられた新田幸枝さんを取材させて頂きました。

新田さんは、左変形性膝関節症や腰椎症で掃除ができないと紹介があり、2017年から予防のための家事支援ですずらんが訪問させていただいています。 昨年9月、椅子に座ろうとした際に転倒、左大腿骨頸部骨折で入院、大きな手術となりました。

そんな中12月に、要介護2の認定を受け、退院された新田さんは、杖歩行でトイレにも行くことができ、電動ベッドなどの福祉用具を利用するようになり、「掃除はこれからも支援を頼みますね」と元気に退院されてきました。以前よりも足の運びが悪くなり、2階にも登れなくなってしまったこともご自身なりに受け入れての再スタートでした。

大ケガから半年、現在は、毎朝ご近所の方々とラジオ体操、夕方1時間ゆっくりと散歩、食事もレンジを駆使しながら3食きちんと作り、週1回の家事支援、週3回の半日デイサービスで入浴とマッサージ、週1回のリハビリデイサービス、生協と、1週間忙しく過ごされています。「デイサービスの職員さんも、訪問のヘルパーさんも、みんな私の孫みたい。好きやね~ん」と出会う人との会話を楽しまれ、なかなか会えないお孫さんも同じ仕事をしているそうで、みんな可愛いと仰っています。

唯一空いている日曜日は、コロナも収まってきたので近くの喫茶店で大好きなカラオケを馴染みの方々と楽しまれ、新曲にも挑戦しています。

愛媛の息子様は何か事あるごとに心配し、「連れて帰る」と言われることもあったそうですが、持ち前の明るさで、新田さんの周りはいつも心配して下さるご近所の方やご友人が声を掛けて下さり、「心配することは何もない」との言葉に息子さんも納得されたそうです。

若い頃から様々な仕事に汗を流し、30歳を前、仕事中に左手人差し指を切断してしまった時が一番辛かったそうです。左手を隠して過ごしながら、それでも働き、晩年は保険外交員を30年勤めあげました。ご主人は18年前に先立たれ、それからずっと一人暮らしですが、「寂しいことはない、今は本当にしあわせ」と仰る新田さん。

若い頃の辛かった思いや、保険の営業で培ったことなど全て良い方向に生かされ、幸せな日々を送っておられるとつくづく感じさせられました。

すずらんの事務を担当しています本田です。

早いもので来年には10年という節を迎えます。この10年は私の人生においても大小様々な事がありました。いつも形を変え励まし続けてくれる先輩の存在や職場での他愛のない会話で励まされたことは数知れません。ベテランのヘルパーさんのようにはいきませんが事務をしながら利用者宅にケアに入らせていただくこともあります。

『人生は1回きり!』一瞬一瞬の出会いを大切にし、今目の前にいる方に全力を尽くそうという自分の目指す生き方に少しでも近づけたらいいなと今日も走り続けています。

今回はOさん女性介護4の母を日々介護されている娘さんにインタビューしました。

今まで元気だった母が4年前から様々な病気にかかり、ベッド上での生活になりました。
幸い、母の近くに住んでいたため、通いでの介護が始まりました。同居している兄と父、私の3人でローテーションを組んでの介護をしています。

母は夜、眠れなかったり同じ話を何度も繰り返したり、介護の負担も大きかったのですが、ケアマネジャーさんと何度も話し合いを重ね、往診や訪問看護、訪問薬局、お泊まりデイ、福祉用具レンタルなど、介護の限度額をほぼ使いたくさんの方に手伝ってもらい、医療面や介護面で的確なアドバイスを常に頂き、安心して介護をすることができました。

私は現在、40代です。
母の介護を経験して、介護はやってみないと分からないと感じた事と自分自身の今後の老後なども改めて考えるようになりました。
自分の子供には母の介護を最初は見せたくないという思いがありましたが、今は子供にも介護の話をしたり、一緒に母のところに行っています。
そして介護をしていることも友人などに話すことで、実は私も介護をしてると話が聞け、相談できたり、一人では介護はできず、専門職の方々に支えられたり、友人が力になってくれたり、たくさんの方がいつも助けてくれているんだと改めて感謝をしながら日々過ごしています。

~インタビューを終えて~

一人で抱えず、悩まずたくさんの方に相談をすることで、無理なく在宅生活を継続できているんだなと感じました。
3人で介護をされていると意見の食い違いなどでうまくサービスが行かない場合もありますが、最後は父が決定すると決められているのもとても良いと思いました。
また、母の介護の姿を幼い子供に見せていく、とても大事なことですね。
きっと優しいお子さんに成長されますね。

すずらんでサービス提供責任者をさせて頂いています柴田ゆかりです。

50歳を前に、友人から「一緒に行かへん?」と誘われ「いずれ両親を見る時には役立つだろう」くらいな気持ちでヘルパー資格を取りました。
すずらんに登録して少しの訪問をしていましたが、施設で働く別の友人から「夕方になると手が足りないから手伝いに来てくれへん?」と誘われ、認知症グループホームにパートで入りました。

在宅の訪問介護とグループホームと認知症の方々をサポートしていく中で、資格取得時の勉強不足と知識の無さを感じるようになった頃、今度は障害者施設で働く友人から「私ひとりじゃ頑張られへんから一緒に介護福祉士の試験を受けましょうよ」と背中を押され、介護福祉士にも挑戦しました。

不思議なことに、介護に係る全ての転機のきっかけに、友人たちが声を掛けてくれたり、何気ない日常の疲れを癒してくれたりし、自分一人ではここまでやって来れなかっただろうなと実感しています。

私自身は、昨年から病気治療をしていることもあり、自分自身の生き方や老い方、健康づくりなどなど、様々な思いを駆け巡らせています。
その上、今まではあまり干渉し過ぎず、家族一人一人の生活スタイルや家庭を尊重し、過ごしていましたが、ちょうどコロナ禍になったタイミングもあり、家族との会話も増えたり、グループライン電話をして、自分の思いを伝えたり、子ども達の話もよく聞くようになりました。

ご利用者様も年齢や季節の変わり目、ご家族の状況の変化などが要因で、転倒されたり、認知症状が変わったり、現在はコロナ禍の影響もあり、本当に一日一日が油断ならない毎日です。
そんな中、利用者様もヘルパーの皆さんも、個々には色々とあると思いますが、「今日も一日良い日だったなあ」と感じられる、そんな毎日を送って欲しいと願っています。私達の訪問時間は限られた時間ですが、「このヘルパーさんと話して楽しかった」「きれいになって嬉しかった」、「この方の笑顔が見られた」「たくさん話して下さった」など、他愛もないやり取りでも幸せを感じられる、介護の仕事はそんな仕事なのかなと感じています。

今回はHさん女性にインタビューをさせて頂きました。介護保険のサービスをご利用されています。

40代にパーキンソンの発症。その当時はあまりこの病名がしられておらず、あちこち病院に行き、1年かかりパーキンソンという病名がついたそうです。
治療効果もあり、その後30年程は状態も落ち着いていたが、様々進行もしてきており、病状も悪化。そこで新しく出会った病院のお薬が合い、そこから10年近く同じお薬でとても状態が落ちついています。ただ一日4回のお薬を決まった時間に飲まないと一気にレベルが落ちます。家族様をはじめかかわってくださっている、デイさんやヘルパーさんがきっちりお薬を飲ませて下さっているのもあり、元気な時は、レクレーションにも活発に参加されるほどです。デイも休むことなく楽しいといつも笑顔で行かれています。
家族様はとても自然体で介護されています。状態に合わせて、食事のペースを合わせられたり、好きなものを考えながら調理をされたり、その真心が伝わっているかのように、いつも笑顔で過ごされています。

一番の苦労はなかなかコミニケーションがとりずらく、思いをくみ取ってあげれないこと。と言われてました。今こんな事を考えているのかなあ~など想像しながら、できるだけ思いに沿えるように頑張っておられます。娘さんは同居をしながら、お父様と共に日々介護されています。様々なサービスを利用しながら、これからもできるだけ在宅生活で介護をしていきたいと、日々奮闘されています。

~インタビューを終えて~

介護度も高く介護も大変だと思いますが、どこまでもご本人様のペースに合わせて、自然体で介護されていることで、ご本人様も安心して笑顔をたえさない日々を送ることができているんだなと感じました。又お薬があうことで、難病であってもこれほどまで安定した状態でいることができていることに、一人一人本当に同じ病名でも状態は違うので、病院との巡り会いの大切さもとても感じました。
上手に介護サービスの利用もされていることでとてもいい生活リズムができているので、他者の力も借りながら、今後も在宅介護を頑張っていただきたいなあと思いました。

ケアマネ業務担当

すずらんでケアマネ業務を担当している西眞理子です。

平成13年からヘルパーとして介護業務に携わりながら平成17年に介護福祉士資格、平成19年にケアマネ資格を取得し、現在まで介護業務、ケアマネ業務を兼務しています。

約20年、すずらん一筋で働き続けていられるのは、利用者様、職場環境に恵まれているおかげと感謝しています。

若い頃、臨床検査技師として働いていましたが、人との関わりのもてるこの業界の方が楽しいです。 趣味の茶道は18才から細く長く続けています。 意外にコツコツ一筋タイプです。

今、介護現場はコロナ禍で、素早い対応に体力、気力が大切。これからもフットワーク軽やかに利用者様に誠実に向き合っていきたいと思います。

今回はお名前を出すことに了承して頂きましたので、お名前を紹介させて頂きます。

中川美枝子様 82歳 介護保険を利用し、運動できるデイサービスを週2回通いながら頑張っておられます。

60代から好きだった手芸などを習いに行ったことがきっかけで、様々な作品作りを挑戦してこられました。ここで作品をいくつか紹介させていただきます。

60代後半になりご主人を亡くされ、一人暮らしを始めるようになってからは、特に認知にならないように、子供にお世話にならない人生を送りたいと、たくさんの作品を作っては、友人や知人に渡しているそうです。「ありがとう」という言葉にまた自分自身も元気をもらい、誰かのために何か自分ができる状況にあることにいつも感謝されています。
コロナ禍までは、月一回自宅に友人たちを招待し、食事会を開き、コミュニケーションをとってこられました。
私のまわりにはいい人が一杯います。そういう方々と巡り会えたことが本当に幸せです。

自分のモットーは【死ぬまでに自分の事を忘れずに、自分の事は自分でしたい】
人生に悔いなし、一日一日を大切に過ごしていきたい。そして幸せをみんなに分け合って行きたいとのことでした。今の夢はまたみんなで温泉にいきたいなあ~とのことでした。

~インタビューを終えて~

中川様はいつも素敵な笑顔でお話をして下さいます。人の為に尽くす人生。中川様のまわりには笑顔しかありません。誰かの事を思い、何かを作る、その中でエネルギーがわきでて、いつまでも若々しく、素敵な人生を送れるんだなっと感じました。これからも応援しています。